こんにちは、湯豆腐です。
去年の6月10日のお話に登場した
ユウユウ君が驚異的な進化を見せた。
優しい言葉をかけてくれる指導員に
対して、「うるせぇ!ババァ死ねっ」
と暴言を吐いていたことが、まるで
夢物語だったかの如き劇的な進歩である。
ユウユウ君が3年生になった
4月から9ヶ月の間、自分より
弱い者に対して、優しさと思いやりを
もって接することが、自分の強さの証で
あることに気付いて欲しい。
そこへ到達するように、
あらゆる機会を捉えて導いて
来たのであるが、思ったより早く
目的地に到達してくれたことに、
感謝したい程に、嬉しさが込み上げて
来るのを禁じ得ない。
それは、鬼ごっこで
私がオニ役をやらされて、
走り回っている時にやって来た。
私も若かりし頃には
鬼ごっこでの走りなど、
走るうちには入らないほど
自信を持っていたが、今となっては、
ほぼ互角というより持久力では、太刀打ち
できない状態に陥っているのだ。
その現実を思い知らされながら、
子どもの逃げ方の癖を見て追い込んで
タッチ。
やっとの思いで数名を
牢屋に入れても、私ひとりが
オニなので、牢番無しで他の
子どもを追いかければ、すぐに
全員が助け出されて何処まで行っても
終わりがない。
延々と続くオニ役をやりながら、
これも日頃の運動不足解消になると
頑張っていたら、ユウユウ君が寄って来て、
「オレも先生と一緒にオニをやるよ」
と言う。
嬉しかった!その喜びを
密かに嚙み締めながら、オニが
二人になったので逃げ惑う子ども達、
20人位全員を捕獲するのは容易な結果
となった。
今回の美談について
正直に打ち明けたい。
ユウユウ君を狙い通りに
導くことができたのは、決して
私一人の手柄ではない。
他の大勢の指導員(全員女性)達が、
来る日も来る日も根気良く、ひたすらに
誉める材料を探して誉めて来た。
その土壌があったればこそ
私の対応が功を奏したのである。
いわば連携プレーの賜物である。
「子どもは誉めて育てる」
ことは強ち間違ってはいないが、
誉め過ぎには注意を要する。
無闇に誉めることは
逆効果を生み、誉められる
ことの麻痺にも繋がり兼ねない。
何事も
「過ぎたるは及ばざるが如し」
で、最善なのは子ども自身が、
“ここを誉められたい“
と望んでいるところを見つけてやることだ。
私はユウユウ君には
厳格に対応して来た。
ユウユウ君が指導員をも
足蹴にする、乱暴な行為をしたり
暴言を吐いて、口先だけでしぶしぶ
謝った場合には、謝るのは当然のことで謝ったことを決して誉めたりしない。
そんな汚い言葉を
誰が教えてくれたのだ?
今日、家に帰って自分のお母さんに
「うるせぇババァ死ね」と言ってみろ。
それでお母さんが何と言うか?
誉めてくれるかどうか、
必ずお母さんに言ってみるんだぞ。
これは約束だぞ。
勿論、本当に
お母さんに言ったか
どうか確認はしていないが、
当人の様子を観察しておれば
答えは見えてくる。
そしてもう一つ、
ユウユウ君にも
決定的な弱点があった。
それは幽霊が怖いことだった。
これを最大限利用して、
夏休み中の児童クラブで
『肝だめしごっこ』
をやってみた。
夏休み中の小学校は、
2階・3階に上がればガラン
として静寂である。
あらかじめ怖い話を
しっかり前置きして、
「ユウユウ君は強いのだから、
一人で一番奥まで行って来れるよな」
「廊下は走ってはいけない、
それは学校で決まっている事だよな」。
「悠々と堂々と歩いて行くんだぞ。
奥から2番目の窓の所で幽霊さんが
話しかけて来るから、何と言っているか
ちゃんと聞いて来るんだよ」
と、けしかけて
送り出すのだが行こうとしない。
そして、
「女の子は先生と一緒に行ってみよう」。
すると女の子は、
気勢を上げて喜び楽しんでいる。
この『肝だめしごっこ』
の後でユウユウ君が聞いてきた。
「先生はどうして
幽霊さんと話ができるの?」。
私が「先生は幽霊の専門家だから」
ユウユウ君「本当かなぁ?」
私が
「べつに信じてくれなくてもいいよ。
ただユウユウ君がそう言っていたと
幽霊さんに話しておくから」。
そしてユウユウ君に諭したことは、
「誰にでも苦手なものが
あるので、ユウユウ君が幽霊が
怖いのは恥ずかしい事ではないよ。
それよりも、
ユウユウ君が苦手なものは
苦手だと、正直だったことは
良いことだよ。
先生はユウユウ君の
正直なところを誉めてあげたいよ」。
「今度幽霊さんと話すとき、
ユウユウ君は乱暴で汚い言葉を
使うけど、噓つきではない正直な
子どもですよって話して置くよ」。
この時、ユウユウ君は救われる
という気持を覚えてくれたと思う。
それがやがて、
“困っている人を救ってやろう“
という、思いやりの気持ちに
進化したと察せられる。
天空の城ユドウフ