お年玉と恩頼(みたまのふゆ)

こんにちは、湯豆腐です。

「冬至」といえば一年のうちで最も昼が短い日で、この頃から一段と寒さが厳しくなる。 「冬至十日たてば阿呆でも知る」といわれるが、冬至から10日過ぎればめっきり日が長くなるので馬鹿でも気が付くほどになる。しかし日差しは弱くて、太陽の恵みが最も弱まっていると体感させられる季節である。

それでも冬至を過ぎれば、日ごとに太陽の力が強くなって行くので、立春を迎えるまでの、「小寒」・「大寒」と呼ばれる冬の節気をやり過ごすために、冬将軍と闘いながら耐え忍ぶのである。現代に於いては煖房機器が普及しているので、冬がさほど耐え難きものではないかも知れぬが、暖をとるのに囲炉裏か火鉢しか無かった時代には、冬という季節は寒い季節というだけではなかったのである。

寒い冬の間は野外での農作業はできず、冬籠りするなかで、新しき年の種蒔きに備えて神祭りや、豊作のための占い神事などを行なっていた。 また冬の間には、一年で一番の「晴れの日」である正月を迎えることで、歳神様から年玉をもらって「数え年」が1歳増える。年齢が増えることは稲作経験が増殖することであり、しかも、年玉は「霊(たま)」につながると連想されることから、人に宿る霊魂も増殖すると連想されていたと思われる。「霊魂が殖える」ことは「御霊(みたま)の殖(ふ)ゆ」であり、今日においても「恩頼(みたまのふゆ)」と呼ばれるもので、それは「冬」の間におこなわれると考えられていた。

もともと、年玉というものは、歳神に扮した村の歳男と呼ばれる人からもらう。或は、神様に供えた丸い小餅を親からもらっていたのである。

現代に於ける「お年玉」は、正月の贈り物としての「お小遣い」のことをいうが、いろいろな意味で器用な日本人は、クリスマスにも信仰や宗教とは関係なく、子どもに夢を与え楽しませるためにサンタを真似て贈り物をしているが、このとき、我が子が何を欲しいと思っているか聞き出すことに、種々の工夫をしていることが推察される。

それと同様に、正月の「お年玉」は普段のお小遣いとは違う、子ども自身が夢を膨らませるような『意味づけの言葉』を工夫されてみてはいかがでしょうか。

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