人間社会に恵みをもたらす稲荷信仰は、もともと田の神の信仰である。

昨日の「天神信仰」に因んで、もう一つ「稲荷信仰」についてお話します。

田の神、稲荷

京都伏見に在る稲荷神社がこの信仰の本原であるが、今では全国各地に稲荷神社が分布している。
現代に於いては、五穀豊穣から産業の発展・社運隆昌・商売繫盛に至るまで、経済的幸福を希う信仰に発展しているが、そもそもは「田の神」の信仰である。

日本人は稲の水田耕作を中心として来た農耕民族である。
この為、かつては田に関係する農耕儀礼が豊富に行われていたのであるが、春の耕作の始めにこの神様を迎えて、秋の収穫の終わりにこの神様を送るという思想から、山の神が春に下って田の神となり、秋にはまた山に戻って山の神になるという信仰が生まれたのである。

神使、稲荷

そして、もう一つは「狐を神使とする」信仰である。

狐という獣は、人里近くの田のほとりの丘や、塚穴などに群がって生息しているのを、昔の人々は自然と霊獣視するようになり、狐を田の神の神使として見なす傾向があったと思われる。
これらの思想が波及して稲作農業の神としての観念が、全国的に広まって行ったと考えられる。こうして稲荷神は食物神として崇められ、人間社会に恵みをもたらす神様として、稲荷信仰が形成されて行ったと考えられる。

搔い摘んだ大まかな説明で申し訳ないが、菅原道真の御霊が天神として信仰されたり、狐を田の神の神使とするのは、日本人の民族性が持っている曖昧さや、多神教の宗教観から生み出されたものと言えるのである。