眉唾物の「俗信と迷信」は、民間信仰の中にも紛れ込んでいる

眉唾物の「俗信・迷信」

「眉唾物」(まゆつばもの)という言葉がある。
その意味は、『いかがわしくて怪しいもの、騙されないように用心の要るもの』であるが、それは、「俗信・迷信」と呼ばれるものである。

俗信とは

  • 宗教にまで高められることが成らずに、次第に退化しながら民間に残存した古代の信仰および呪術
  • 宗教の一片が脱落して、系統を為さない断片的で呪術的なもの
というものである。

その中心となるものは、前兆から結果を予想したり、結果から前兆を指摘したりするもので、前兆予知の為の卜占ぼくせんを行ない禁忌きんきを課したり、或はその防御の為に呪術や祈禱、魔除けなどをするものである。

俚諺りげんから慣行、迷信へ

そして、これは俚諺りげん又は俗諺ぞくげんと呼ばれるもの(=俗世間のことわざ)で、いわゆる眉唾物の話である。しかしこれが民間で伝承されると、それは次第に宗教的な要素を帯びて、民間に於ける慣行となってゆくのである。
その中には禁忌的な俚諺もあり、また単なる連想思考から導かれたと思われるものや、或は全く説明のつかない言い伝えも存在する。これらのうちで、特に社会生活の上で甚だしい実害を及ぼすものを「迷信」と呼んでいる。

迷信とは、明確に定義されたものは無いのであるが、非科学的とか不合理と言われるもので、例えば、「憑き物」というところの人に乗り移った動物の霊であるとか、「丙午(ひのえうま)は亭主八人を喰い殺す」などが、その最も如実な例である。

民間信仰の中に紛れ込む俗信・迷信

日本の社会に於いて、民間伝承されて来た民間信仰とも呼ばれる、禁忌・風俗・習慣の中には俗信・迷信が紛れ込んでいる。その俗信・迷信に惑わされないように留意することが肝要である。
さももっともらしく聞こえるけれど眉唾物のいかがわしい俗諺であったり、呪術的な要素が極端に濃いものには厳重な注意が必要となる。

ところが、宗教・信仰の世界は形而上けいじじょうの世界であって、そこには合理性と共に必ず非合理性をも含んでいる。従って、正信と迷信とは時代によって或は地方によって、又はそれを受容している民衆によって異なり、普遍的に類別することはできないのである。

従って、どうしても正信か迷信か判別できず困惑した時には、神社の神職など神道家に伺ってみることをお薦めします。